湯築城

  • 愛媛県松山市
  • 歴史・文化 | 城郭 | 100名城
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湯築城は、建武年間(1334年頃)から天正13年(1585年)に豊臣秀吉の四国征伐によって落城するまで、約250年間にわたり伊予国(現在の愛媛県)の守護職であった河野氏の本拠地として栄えた、中世を代表する大規模な平山城です。のちの江戸時代に築かれた強固な石垣や天守を持つ近代城郭とは異なり、中世土豪…

湯築城は、建武年間(1334年頃)から天正13年(1585年)に豊臣秀吉の四国征伐によって落城するまで、約250年間にわたり伊予国(現在の愛媛県)の守護職であった河野氏の本拠地として栄えた、中世を代表する大規模な平山城です。のちの江戸時代に築かれた強固な石垣や天守を持つ近代城郭とは異なり、中世土豪の暮らしと防御の知恵がそのまま息づく、極めて貴重な歴史空間です。

城跡を訪れる旅行者を一気に室町・戦国時代へとタイムスリップさせるのが、二重に巡らされた美しい外堀と内堀、そしてそれらを強固に守る大規模な土塁の遺構です。石垣をいっさい使わず、強固に突き固められた土の壁(土塁)によって守られた城郭構造は、当時の防衛技術を現代に伝えています。公園内には、徹底した発掘調査のデータをもとに、当時の武士たちが暮らした茅葺き屋根の「武家屋敷」や、独自の政治交渉を行った「主殿」が精緻に復元されており、中世伊予を支配した一族のリアルが伝わってきます。

復元された武家屋敷の内部では、出土した土器や調理器具が展示されているほか、当時の武士たちの生活風景が再現されており、彼らの日常や文化に深く思いを馳せることができます。

基本情報

種別 平山城
起源・創始 南北朝期(14世紀中頃)、天文4年(1535)
開催時間 <道後公園> 24時間 <展示施設> 9:00〜17:00
開催日 <道後公園> なし <展示施設> ・毎週月曜日(祝祭日のときは翌平日) ・12/29〜1/3
住所 〒790-0857愛媛県松山市道後公園
アクセス ・伊予鉄道道後公園駅 ⇒ 徒歩(約4分) ・松山自動車道松山IC ⇒ 車(約20分)
公式サイト https://dogokouen.jp/