高遠城(兜山城)

  • 長野県松本市
  • 歴史・文化 | 城郭 | 100名城
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高遠城は戦国時代、武田信玄が伊那谷支配の重要拠点として軍師・山本勘助や秋山虎繁に命じて大改修を施した、武田氏の領国防衛の要石です。天正10年(1582年)の織田信長による甲州征伐では、信玄の五男・仁科盛信が籠城して織田信忠の大軍を相手に壮絶な激戦を繰り広げた舞台として知られています。 特徴は、泥…

高遠城は戦国時代、武田信玄が伊那谷支配の重要拠点として軍師・山本勘助や秋山虎繁に命じて大改修を施した、武田氏の領国防衛の要石です。天正10年(1582年)の織田信長による甲州征伐では、信玄の五男・仁科盛信が籠城して織田信忠の大軍を相手に壮絶な激戦を繰り広げた舞台として知られています。

特徴は、泥土を巧みに削り出して敵の進路を阻む「巨大な空堀」と「搦手の縄張り」にあります。水を用いない深い溝が各郭を複雑に分断しており、さらに「勘助曲輪」などに遺る複雑な折れを伴う土塁構造が、侵入した敵兵を全方向から狙い撃ちにする戦国期ならではの高度な防御戦術を物語っています。

江戸時代には保科氏や内藤氏が城主を務め、平地の居館を中心とした統治拠点へと移行しましたが、明治の廃城にいたるまで武田期の豪壮な土木構造がそのまま維持されました。

現在は「高遠城址公園」として全国屈指の桜の名所となっており、春には独自の品種であるタカトオコヒガンザクラが境内を淡い紅白色に染め上げます。かつて仁科盛信の本陣となった本丸跡へと続く「桜雲橋」の下を見下ろすと、鋭く切れ込んだ武骨な大空堀の地勢がそのまま遺されています。

基本情報

種別 平山城
起源・創始 不明、天文16年(1547)に修改築か
開催時間 24時間
開催日 なし
住所 〒396-0213長野県伊那市高遠町東高遠2300-1
アクセス ・JR飯田線伊那市駅 ⇒ 徒歩(約3分) ⇒ 伊那バスターミナル ⇒ JRバス関東高遠駅行(約23分) ⇒ 高遠駅下車 ⇒ 徒歩(約20分) ・中央自動車道伊那IC ⇒ 車(約25分)
公式サイト https://takato-inacity.jp/castleruins/