糸切餅
- 滋賀県多賀町
- グルメ | デザート・菓子・餅
多賀大社の門前町で、参拝客を迎える名物の和菓子が「糸切餅」です。鎌倉時代の元寇の際、蒙古軍の襲来を退けた神風への感謝を込め、その兵糧攻めにちなんで作られたのが始まりとされています。お餅に描かれた青と赤の美しい3本の線は蒙古軍の旗印を表しており、それを弓矢ではなく刃物でもない「糸」で断ち切ることで、…
多賀大社の門前町で、参拝客を迎える名物の和菓子が「糸切餅」です。鎌倉時代の元寇の際、蒙古軍の襲来を退けた神風への感謝を込め、その兵糧攻めにちなんで作られたのが始まりとされています。お餅に描かれた青と赤の美しい3本の線は蒙古軍の旗印を表しており、それを弓矢ではなく刃物でもない「糸」で断ち切ることで、悪霊退散や平和への祈りが込められています。
仕込みの土台となるのは、米粉を丁寧に練り上げて蒸した、驚くほどキメが細かく柔らかい白お餅です。このお餅で、甘さを控えた上品なこしあんを細長く包み込み、表面に伝統の3本線を美しく描き入れます。そして、仕上がりを刃物で切ると「縁起が悪い」とされるため、木製の器具に張った細い三味線の糸やタコ糸を使い、一口サイズへと手際よく切り分けていきます。
箱や包みを開けてお皿に並べると、真っ白なお餅に映える鮮やかな縞模様が目を楽しませ、お米本来の素朴で優しい湯気の薫りが漂います。指先でそっとつまんで口に含むと、驚くほど滑らかな舌触りとともに、お餅がしっとりと伸びていく繊細な柔らかさに驚かされます。お餅の生地にほんのりと利かせた塩気が、中に入ったこしあんのすっきりとした甘みをいっそう上品に引き立てます。
発祥
鎌倉時代、二度にわたる蒙古襲来(元寇)の際、日本軍は暴風雨の助けもあり元軍を退け、この勝利を、日本第一の大寿神として崇められる多賀大社の神風によるものと感謝し、里の人々が供え物をした中に、弓の弦で切られたものであったことが始まりと言われています。
